25チームに懸ける想いー池田元ー
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- 11月20日
- 読了時間: 10分
カタク・ミナミ・慶太から回ってきました。
いつも成蹊大学男子ラクロス部を応援してくださっているOB、OGの皆様、保護者の皆様、関係者の皆様、日頃より暖かいご支援・ご声援をありがとうございます。
この海賊船のフランキー兼DFリーダーの池田元です。
ここからは俺の4年間を、正直に、かっこつけずに書き残します。
長くなるけど、最後まで読んでくれたら嬉しいです。
自分は“愛されリーダー”で、そして“かっこつけないリーダー”でした。

この1年間を振り返ったとき、自分は「圧倒的なカリスマで引っ張るリーダー」でも、「技術で黙って背中を見せるタイプ」でもなかった。
もっと等身大で、もっと“人間くさい”形で、チームに関わったと思います。
言ってしまえば、自分は“かっこつけないリーダー”だった。
少し生い立ちを話すと、小さい頃から親に俺は「げんくんは才能あるね」みたいな褒められ方はされたことがありません。
努力して出来た事や失敗を反省したことを過大にも過小にも評価せず、ありのままを褒めてくれた。
今考えたら、生まれつきの貯金だと勘違いさせないためかも、
才能ってなんか他の人は持ってない財産みたいな感じでかっこよくて、才能を褒められたい。とも思ってた。
高校は偏差値の低い学校でアメフトもうまくいかずとにかくむしゃくしゃしてた。
なんでも環境のせいにしたり、周りから落ちこぼれのレッテルを張られたような気がして自暴自棄になっていた。
それでも両親が無意識に刷り込んだ「目標を叶えられなかった人は“才能がなかった”って言い訳して、夢を叶える人って“続けられる情熱”を持っていた」みたいなマインド?(初めて言語化した)が自分の核にあったと思う。
だからDFリーダーになった時も、あんな自信満々にやるって言ったのに、
全然うまくいかなくて
「自分にはみんなを強烈に引っ張る才能なんてない」
「たいちがあんなに苦しんでるのに自分は、、」
そんな風に自分を下に見てしまう瞬間もあった。本当にダサい。
でも途中で気づいた。
“情熱をもってみんなにかかわる。”
“自分ができる最大限を、かっこつけずにやり続ければいい。”
それが自分の大事にしてきた考え方だから。
でも正直、俺は完璧じゃなかった。
怠ける日もあったし、休部や怪我でモチベが上がらない後輩の気持ちがわかりすぎてうまく怒れなかったり、歯を食いしばった“強いリーダー像”なんて全然演じられなかった。
それでも完璧じゃない俺を、弱さごと受け入れて、前に引っ張ってくれたのは、紛れもなく25チームの仲間たちだった。
みんな俺に思うことはたくさんあったと思う。
「もっとできるだろ」と思われたことも、
「またげんが弱ってる」と思われた瞬間も、たくさんあった。
それでも離れず、それでも支えてくれたDFの同期やわに。
だから俺はリーダーでいられた。
俺にできたのは、
ムードメーカー
龍平さんとの外交 くらい。
みんなが俺のことを支えようと思ってたかはわからないけど結果的に俺はみんなに支えられた。
なんも出来ない俺の足りない部分をDFのみんなが補填してくれてました。
ほんとにありがとう。
カリスマ性と技術で引っ張るリーダーではない。
そんな俺でも1年間このチームで戦い続けて、最後には胸を張って言える。
これが俺のリーダーシップだった。
“かっこつけないリーダー”としての生き方だった。
最後は俺をDFリーダーにしてよかったってみんなに言わしてやろうと思ってます。
これはだいぶスピってる考えだけど俺がこの部活動で、何度も自分を救ってきた“考え方”がある。
天秤
片方の皿には、今年の最大の目標を乗せている。
日本一のDFユニットを作る。
去年、一昨年と、俺は自分のプレーばかりを気にして一部昇格は先輩たちが勝手にやってくれて、来年は一部で大暴れしてやるとか。
ほんとに甘い考えばかりあった。こういう選手の意識改革って難しいって痛感しました。(都築さんすいません。)
下級生だろうと、例えベンチだろうと、自分が目標を達成する主の要因になろうとする心構え。
とても大事です。
25チームでは俺が勝たせる。
DFは俺が強くする。そう強く思いました。
そしてみんなを「俺の仲間、すごいだろ?」って胸を張って自慢すること。
なんでこれをモチベだけに一年やってこれたのかはみんなのことが好きだからです。
この一点だけは、1年間ぶれなかった。
じゃあ、反対側の皿に何を乗せれば釣り合うのか。
例えばお賽銭100円を置いたとして、これでは釣り合わない。
“少ないから”じゃない。
ただ、置くものを間違えているだけ
努力、練習量、ミーティングも必要。
敗北
普通なら捨てて見えないようにするもの。
でも、実はその“異質な重さ”こそが必要だった。
なぜなら、そういう重さを経験して、それでも前に進む姿勢こそが、大きな目標に釣り合う重さになるから。
目指すものが大きければ大きいほど、反対側には、大きくて苦しい“異質な重さ”が必要になる。
正直、天秤は今年ずっと傾き続けていたと思う。
どうすれば同期のDFを自慢できるか、そればっかり考えてた。
でも本音を言うと、うまくいかなかった日の方が多かった。
DFリーダーなのに判断を外して、守り方を間違えて、俺の声が遅れて失点したこともある。
雰囲気を壊したのに、それを誰よりも自分が気にして、みんなの目線が痛くて試合終わりに一人でちょっと距離を取りたくなる日もあった。
「もっとできただろ」
そう言われても言い返せないような日が山ほどあった。
後輩のミスを責められないどころか、逆に“寄り添いすぎて甘くしちゃっていた”時期もあって、リーダーとして中途半端だった自分にイラつくことも多かった。
DFを強くしたいって言っているのに、一番足を引っ張っているのが自分じゃん。って思う瞬間も普通にあった。
周りが見えてなくて、一人で抱え込んで、空回りして、うまくいかない自分に落ち込む。
そんな日もあったと思う。
その “うまくいかなさ” が、全部天秤の重さになると信じている。
天秤は最後まで傾いたままかもしれない。
でも、東大戦の笛が鳴る瞬間に、その天秤が一気に“ガチャン”と釣り合うような感覚を味わいたい。
東大戦は、ただの一試合じゃない。
25チームの1年間すべてを証明する場だと思っています。
積み上げてきたものは技術だけじゃない。
今年のDFが一番誇れるのは、全員が“自分の役割を全うし、その上で完成度そのもので戦える”ところ。
誰かが声を出し、誰かが反応し、誰かが拾いに行く。
ミスが起きた瞬間に、責めるんじゃなく支え合える。
それぞれが“小さな役割”をやり切るからこそ、DFユニットとして“大きな強さ”が生まれる。
みんな頼むよ。
信頼してる。

両親へ
4年間ラクロスに全力で向き合えたのは、本当に2人のおかげです。
2年生のときからほぼすべて試合の応援に来てくれて、ありがとう。
最後は感謝の気持ちをプレーであらわします。
部費も遠征費も、「気にしなくていいよ」と言ってくれて、俺は一度もお金の心配をせずにラクロスに集中できた。
朝練の日に車を出してくれたり、疲れて帰ってきた日にご飯が用意されていたり、怪我して気持ちが沈んでるときに何も言わず見守ってくれたり、振り返ると、当たり前みたいに感じていたもの全部が、当たり前じゃなかった。
一人暮らしを始めてから、そのことにようやく気づいた。
料理、洗濯、体調管理、家に帰って電気がついている安心感。
全部が2人の優しさに支えられていたのだなと実感した。
そしてもう一つ。
小さい頃からずっと、2人が俺に無意識に植え付けてくれていた価値観。
気づいたらそれが俺の“生き方の土台”になっていて、DFリーダーとして悩んだときも、結局そこに助けられてきた。
親が作ってくれたこの考え方は、俺にとって一生の宝物です。
本当にありがとう。
社会人になっても、この関係のままでいたいし、これからも仲良くしていてね。
少しずつでも恩返ししていきます。最後まで一緒に戦ってください。
後輩へ
25チームで一緒に戦ってくれてありがとう。
特にDFの2年生。
合宿で見せてくれたあの“覚悟”の瞬間、俺は本当に忘れてない。
大事なのは、
あの時の覚悟をどれだけ維持できるか。
正直、覚悟するって一瞬でできる。
でも 覚悟を“続ける”のは本当に難しい。
毎朝7時にグランドに来て、友達はまだ寝ているのに、走って、ぶつかって、帰ったらヘトヘト。
そして、翌日またチャレンジしにグランドへ行く。
簡単なことじゃない。
その中でも、あの日の自分を思い出せる奴が強くなる。
技術の差なんて思ってるほどない。
本当に差が出るのは、覚悟を続けられるかどうか。
2年生のDFだけじゃなくてみんなならできると思ってる。
お前らなら確実にできる。
コーチや他の人が何を言おうと関係ない。
覚悟を続けられたら、大丈夫。
応援してる。
同期へ
一年生のころから、俺がここまでラクロスを続けてこられたのは、間違いなく同期の存在があったからです。
技術があるやつも、ないやつも、真面目なやつも、ふざけてばかりのやつも、みんな違うのに、不思議と一緒にいると心地よくて、どんな日でも「ラクロス行くか」と思わせてくれた。
勝って喜んで、苦しい時期もあったけど、それでも部活に向かえたのは、同期となら乗り越えられると信じられたからです。
俺はリーダーとして完璧からは程遠かったし、頼りないところもたくさんあったと思う。
でも、弱い自分をそのまま受け入れてくれて、時には背中を押してくれて、時には何も言わず隣にいてくれた同期がいたから、ここまで戦うことができた。
技術や役割の違いなんて関係なく、「このメンバーが同期でよかった」と心から思っています。
本当に最高の同期だった。
ともなべとか、厳しいこと言っちゃったのはさーせん。
そして最後、東大戦では、俺たちの4年間全部を込めて、成蹊史上最大の熱狂を一緒に起こそう。

先輩
生意気な後輩で扱いにくかったと思うけど、沢山成長させてくれたのは先輩たちのおかげです。
先輩たちと過ごした期間、今年の一年間どんなラクロスをしてたか試合を見ればわかるようなプレーをします。
お世話になった都築さん、かぎ、かずさん、木澤さん、こたさんに勝利で恩返しをします。
To佐藤くん 来年も学生続きそうだけど大丈夫?
結局、一番一緒にいたと思うし、ラクロスの話も沢山出来て楽しかった。
これからもよろしくね。
龍平さんへ
一緒にDFを考えてきた時間は、自分の4年間の中でも本当に特別でした。
プレーの細かい部分から、DFの在り方、チーム全体の流れまで、どんな話でも全力で向き合ってくれる龍平さんと一緒に考える時間は、毎回ワクワクして仕方なかったです。
龍平さんと話していると、不思議と「どんなプレーもできる気がする」「もっと上を目指せる気がする」と自然に思えました。
自分では欠けていると思っていた部分も、龍平さんは“どう伸ばせるか”という視点で見てくれて、その言葉やアドバイスに何度も救われました。
練習でうまくいかない時も、試合で迷った時も、龍平さんが投げかけてくれた一言や視点で、また前に進めるようになったことが何度もあります。
ただ技術を教わっただけじゃなくて、「DFってこんなに面白いんだ」「考え方ひとつでこんなに変わるんだ」と気付かせてもらった気がします。
自分がここまでDFにのめり込んでこれたのは、龍平さんが本気で向き合ってくれて、真剣に一緒に考えてくれたからです。
そして最後に、これはずっと心に決めていることです。
必ず証明します。
龍平さんが最高のコーチだということを。
龍平さんが育てたDFが、必ず結果で示します。
本当にありがとうございました。
長々ありがとうございました。
次はアボカドサンドウィッチことかんかんです。






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