ラクロスに興味を抱いたのはみんなよりちょっと早かった。
高校三年生の時に、youtubeで動画を見てたら、たまたまラクロスの動画にあたった。これが自分とラクロスの出会いだった。
そこからラクロスをやってみたいという気持ちを抱き、QBでクロス一式を買い揃え、上智大学の練習に見学に行った。生でみるラクロスは迫力があり、さらにラクロスの魅力に取り付かれたのは今でも覚えている。
大学入学後は他の部活サークルに目もくれずにラクロス部に入部した。
やってたわりには上手く行かずにメンブレした。
それでも嫌いにはならなかった。
二年生のリーグ戦。ロングが少なかったため、試合に出る機会が多かった。
しかし、何も残せずに終わった。
良い刺激になればとでも思い、その年の11月、ハワイ遠征に行った。
三年生のリーグ戦。初戦中央戦。集客試合。開始早々自分のミスで失点した。これは今でも忘れられない。 三年次にはスタメンで試合にで続け、ATから恐れられる選手になろうと思っていた。
しかし、その夢は現実にはならなかった。出場機会も少なくマンダウン要員。
自分よりロングを後に始めたしんたろ、二年生からロンミ一枚目としてで続けているしみゆう、いつの間にか差は広がっていき、置いてかれていた。ましてや、後輩の雪島にも抜かれていてこんなはずじゃないって、何度も思った。
この現実を変えたい。来年は絶対にリーグ戦で活躍したいと思い、両親に頼み込んで二回目のハワイ遠征を行った。
ハワイ遠征帰国後の次の日。アップ中に膝の健を断裂して、二ヶ月ラクロスが出来なかった。
まさに天国から地獄だった。
怪我から復帰後も思うようにプレー出来ずに、差は縮まる一方かさらに広がっていった。それでも筋トレにしても、自主練にしても怠ることはなかった。
しかし、家庭の事情もあり、一時期ラクロスと真剣に向き合うことが出来なかった。
その時に助けられたのは同期だった。何気無い一言が支えになり、あの時の一言がなかったら、本当にやめてたかもしれない。 改めて同期の大切さに気付くことができた。本当にありがとう。
また、マネージャー、トレーナーのスタッフ陣には感謝してもしきれない。中高と部活をしてきたが、マネージャーは6年間いなかった。自分達のことは全て自分達がやってた。ビデオなんて試合以外一回も撮ってもらったことがない。仕事をやってただけにマネージャーの大切さはよくわかる。恐らく、マネージャーがいないでプレーヤーだけだったら、まともに練習も出来ないし、運営も上手くいかないと思う。本当にありがとう。
まだまだリーグ戦は続く。 個人としてもチームとしてももっと成長出来るはず。
一ヶ月前の開幕戦前の自分と比べて変わったと思う?
俺は変わったって心から思う。だから、一ヶ月後も今の自分よりさらに変わってたい。
上手くなって、Final4の舞台に立って学生日本一になりたい。GIANT KILLINGを起こして、成蹊の歴史を変えたい。
ニ戦が終わり、一勝一敗。
Final4に行き学生日本一になるためにも法政戦は絶対に落とせない。 絶対に勝とう!
GIANT KILLING~To Win~
#91 並木雅暉

